男のスーツ

初めてスーツを買ったのは大学の入学式だったか。当時、父親は海外に単身赴任中。財布を持つ母親の付き添いの元、百貨店の女性店員に勧められるままに選んだように記憶している。

購入したスーツは、麻が少し混じった生地で、グレーのヘリンボーン。シャツは少し茶がかかって、ネクタイも同様に茶系だったように記憶。靴は何を履いたかまったく覚えていないが、とても式典に相応しいスーツスタイルではない。

在学中は日本がちょうどバブル絶頂に向かう頃。メンズもデザイナーズブランドが全盛の中、何がきっかけだったのかメンズクラブと出会う。そのおかげで、不思議な百貨店スーツで入学式に出た若者が、3年後には紺無地の三つボタン段返りにフックドベントのⅠ型スーツに、真っ白なレギュラーカラーとレジメンタルタイを合わせたアメリカントラッドで就職活動をすることになる。

男のスーツスタイルは形式美。奇をてらわず、型にはまった美の追求。父親のワードローブには、百貨店で仕立てた紺とグレーのスーツばかり。ワイシャツも白地のレギュラーカラー。スーツ、ワイシャツともに、目立たない折柄か、せいぜいストライプ。当時はつまらないワードローブとしか思わなかったが、この年になって振り返ると、入学式のスーツも父親に選んでもらっていればと思う。

子供にスーツの着こなしを教えるのは父親の仕事だろうと張り切っていたところ、生まれてきたのはかわいい娘。残念ながら女性の着こなしは教えられない。そんな満たされない欲求が、五十路のオヤジにこのような文章を書かせているのかもしれない。